冬には、日の光がいっさい射さない地だった。
人々にとって、冬とは耐え忍ぶ季節だった。
昼間すらも暗闇が包み込むなか、
ある者はその地で古くから信仰されている神に祈り、
またある者は限りある食糧を僅かばかりかじった。
夏に広場を駆け回っていた子どもたちの姿は、
全員どこかに連れ去られてしまったかのように、すっかり見なくなった。
みな、春を望んでいた。
その春が、ようやく訪れようとしている。
一面が凍りついていた川から、微かに氷が軋む音が聞こえる。
耳を切るような北風も、数日前を最後に、吹くのを止めた。
ただ、同時に人々は知っている。
それはまだ本当の春ではないことを。
彼らは、ある”徴し”を待ち侘びていた。
それは、ヤシャハゼの高らかな歌声だった。
ヤシャハゼの歌によって、彼らは春の訪れを確信するのだった。
その歌声を、彼らは「鳴告」と呼んでいた。
かつて、長い冬が明けぬまま数年が経ったこともあった。
人々は、春の訪れを信じながらそれがやってこないことの絶望をよく知っていた。
労働に精を出す大人や皺だらけの老人から滲み出るその恐怖は、
ようやく歩き出した赤子にまで伝播している。
何かの徴しも無しに信じ込めるほど、彼らは強くはなかった。
その地からほど近い、ある砂地。
ヤシャハゼは穴からひょっこりと姿を現すと、今年初めての歌を歌い始めた。
それは、遠く地の果てまで届く、高らかで清らかな歌声だった。
その歌声は、すぐに町の人々のところに届いた。
まだ年端のいかない子どもたちは、はしゃぎ回って喜んだ。
中には、ヤシャハゼの歌を真似て歌う子もいた。
それは、聞いていても、歌ってみても、喜びに満ち溢れる歌だった。
子どもよりも冬の厳しさを知り、それと戦っていた大人たちは、
喜びよりも安堵の表情を浮かべた。
彼らは、深く静かな微笑みを湛えながら、手と手を強く握り合った。
今年も、この地に春が訪れたのだ。
ヤシャハゼの歌声とともに。