ニジギンポの煩い

一目惚れだった。

パステルピンクのマスクにくりっとした瞳のダイバー。
彼女は、目の前の小さな生物を見て軽く微笑むと、
うっすらと砂を巻き上げ、他の場所に移動していった

その日以来、ニジギンポの頭は彼女のことでいっぱいになった。

また、会えるのかな。

人と会うことは苦手だったはずなのに、
次に彼女に会えたときのことばかり考えるようになった。

しかし、同時に、難しい問題もあった。
もしまた会えたとして、彼女にどう接したらいいんだろうか。
どんな顔をして会ったらいいんだろうか。

人と会ったことが苦手だったニジギンポは、
人が喜んでくれることを考えるのも苦手だった。

ニジギンポは悩んだ。
悩みに悩みながら、
「こんなウジウジした自分に会っても彼女は喜んでくれるわけがない」
と思ってしまい、それでまたいっそう自分がイヤになった。

どれだけ悩んでも、答えは出なかった。
今も、どうしたらいいのかはわからない。

けれど、誰かが彼のところを訪れるたびに、
顔はひょっこり出してみる。
もしかしたら、それが彼女かもしれないから。

彼女が喜んでくれるかどうか、自信はなくとも、
もう一度会いたいと思う気持ちに変わりはなかった。

そうして、もうずいぶん時が経った。

まだ彼女には会えていない。
いつの日にか会えるときがやってくるかどうかも、誰にもわからない。

ただ、ニジギンポの知らないところでささやかな変化は起こっていた。

人が訪れるたびに顔を出す彼を見て、
それがちょっとオドオドした仕草であっても、
彼のことを気に入る人が増えたことだ。

ニジギンポ自身は気づいていないかもしれないが、
彼は同じ人と何度も会っている。
それも一人ではない。何人もだ。

ニジギンポが会いたいと思う人は、まだ現れない。
けれど、ニジギンポに会いたいと思う人は、ずいぶんと増えている。

今日も誰かが、ニジギンポに会うために、海に潜っている。
彼はそのことを、まだ知らない。