SONYの新しいブランドCM。
僕は昨日(3/13)の夜、Twitterで制作者のツイートがRTで流れてきて知りました。
「SONYの新しいブランドCM、つくりました!」
みたいな感じで。
僕が思ったのは、
今っぽいなあ、
そしてSONYって知らずに見たらAppleのCMだと思ってただろうなあ、
ということ。
液晶を持ってる人が「見えてていいのか見えない方がいいのか」ていうのが微妙で、
見ていてそこが気になっちゃうので液晶のストーリーがぜんぜん頭に入らなかったんですね。
それでちっとも心が躍らなかったです。
同じ理由で、液晶を持ってる人を主役として見ていいのかどうかも分からなくて、
そのために「長回し・一発撮り」っていうポイントも初見の時は意識できなかったです。
(制作者としてはそこを「ほら、すごいでしょ!」ってアピールしたいポイントなんだと思いますが)
結果、「なんかAppleがすでにつくってそう」=二番煎じ、
的な印象を抱いたのだと思います。
それで改めて思ったのが、
CMや企業に限らず、「○○っぽい」ていうポジションを確立した存在って強固だなあ、
ということ。
例えば映画や映像表現でも、「マトリックスっぽい」って形容詞があるように思います。
あの、重力無視でハイスピードカメラで撮ったような動き。
これですね。
この「マトリックスっぽい」っていう形容詞も、
「マトリックス」に対するすごい褒め言葉だと思う。
やっぱり真っ先にそのポジションを取る、ってすごいことだなあ。
そして特に表現においては、二番手以降はよほどそこのポジションを避けるようにするか、
あるいはクオリティを突き詰めないといけないんだなあ、と思いました。