彼は、大切な人を大切にするための方法を知らなかった。
怒鳴り散らし、睨みつける彼を嫌っていたのは、誰よりも彼自身だった。
さんざんわめき散らし、周りの人を傷つけたのち、
彼は病に倒れた。
余命は長くなかった。
ベッドの中で彼を襲っていたのは、
病魔による苦しみよりも、むしろ後悔の念だった。
自分はなぜあの人を悲しませることしかできなかったのか。
大切な人をたった一人幸せにすることができなくて、なにが人生だというのか。
彼は、自分の死後も、大切な人は幸せな道をすこやかに過ごしてくれることを願った。
そして、もう一つだけ願いをたてられるのならば、
「次に生まれる時は大切な人を幸せにできる人生を送りたい」
そんなことを願った
棘だらけの言葉も、
暴力のような憎悪に満ちた視線も、
再び自分の持ちものになることは望んでいなかった。
彼の命が尽きた後、
次にその精神が宿った先は、ガラスハゼだった。
前の人生の記憶など、白い風の向こう側に消えている。
ただ、その瞳は、暖かい色を宿していた。
見る者をあたたかくし、
心をゆるやかにほどいてくれるような瞳だった。
彼の願いは、叶えられたのだった。