ミノカサゴと姫君

とある海の底、姫は幽閉されていた。
誰に会うこともなく、もう5年の月日が過ぎようとしていた。

華やかだった王宮の暮らしとは正反対の、うら寂しい日々。
姫は孤独という言葉を知っていたが、その言葉の本当の意味を初めて知った。

それでも希望を捨てずに生きてこられたのは、
幼い頃に聞かされた婆やの言葉をずっと覚えているからだった。

「姫や、いつかあなたは一人ぼっちになることでしょう。
 けれども、だいじょうぶ。
 必ずや王子様が迎えに来てくれるでしょうから」

確かに婆やは言っていた。
王子様のキスが、姫の血管・細胞・体組織に酸素をめぐらせ、
陸上での暮らしを取り戻させてくれるのだ、と。

姫は、その言葉を信じて待った。
待ち続けた。

するとある日、浅場から一つの影が姫の方に向かって降りて来るのが見えた。
「まさか、王子様かしら?」

だが、それは凛々しい顔立ちの男性ではなく、
ミノカサゴという名の魚だった。

それでも、姫は諦めなかった。
なにしろ、5年もの間、誰もここに来てくれなかったのだ。

「きっと、何かが起こるに違いないわ。
 そうよ、あのヘンテコリンな形の生き物が、婆やの言っていた王子様かもしれない。
 王子様だからって、いつも白い馬に乗っているとは限らないわ」

姫は、海底からミノカサゴの一挙手一投足を、ずーっと見つめていた。
ミノカサゴは、少しずつ、姫の方に近づいてきた。

「やっぱり!彼が王子様なんだわ」

ところが、姫の近くまで来たミノカサゴは、そこでフワフワ浮遊するだけだった。
関心があるのかないのかわからないような目で、姫を見つめながら。

姫は、自分が思い描いていたシナリオとは全く違う事態が起こりそうだということに気づいた。
気づいてしまった。

ミノカサゴは、姫の頭上をしばらく漂ったあと、
何事もなかったかのように、去っていった。
あとには、それまでと同じように、ただ海だけが残った。

姫は、今まで信じていたものがひょっとしたら間違いだったのではないか、と思案した。
そして、これから海底でどうやって過ごしていけばいいのかを考え始めた。

王子様は、必ず来てくれるわけではなかったのだ。