イシダタミヤドカリの目に映る世界は、それはそれは恐ろしいものだった。
彼は頑丈なよろいを身にまとっていたものの、
それでも世界にとびだす勇気を持つことができずにいた。
試したことがないわけではない。
このままではいけないことも分かっている。
けれども、彼が何かを始めようとすると、
他のまた何か大きな力が働いて、
彼をだめにしてしまうのだった。
ちょっとやってみても、それを粉々にされるたびに、
次のときにはよりいっそうの勇気が必要になる。
それを何度もくりかえすうちに、
イシダタミヤドカリの勇気のメーターは振り切れてしまった。
そうして彼は、昔からの場所にいついている。
体をだいじに守って、
物陰に身をひそめて、
両の眼でひっそりと世界をみている。
「ほんとうはあそこにいなければいけない」という自責と、
「しかし自分はあそこにいることができない」という憤りを抱えながら。
イシダタミヤドカリには、親も恋人も友達もいなかった。
それはつまり、
彼がそうやって生きていてもいいのだと教える人がいない、ということでもあり、
彼が少しずつ外に出ていく勇気を分けてくれる人がいない、ということでもあった。
イシダタミヤドカリは、まだそこにいる。
そして、他の場所でも、
彼と似た生き物が星の数ほど生きている。
同じように、息をひそめて。
そしておそらく彼らも、たった一匹で。