ほら、もうすぐそこだよ。
夏の匂いがするでしょ。
チンアナゴには、夏を楽しむ才能があった。
「夏なんて、ただいたずらに暑いだけだ」と、ある魚は言う。
「夏には、余計な来客が多すぎる」と、またある魚は言う。
彼らはある意味で正しいし、
夏にはいいところばかりではない。
チンアナゴは、子どものままなのだ。
子どもの頃の、楽しかった夏。
取るに足らないことに、呆れるほど夢中になった夏。
そんな夏を、大人になった今も信じている。
それだけが他の魚との違いだった。
「夏は楽しんだ者勝ち」なのだと信じていた。
実際、しかめ面をした他の魚たちよりも、
彼らの表情は無邪気に輝いていた。
ほら、
早く飛びこまないと、夏はすぐに逃げて行ってしまうよ。
チンアナゴは、首をうーんと伸ばした。
その頬を、夏の香りが早足でかすめ去っていった。