ミゾレウミウシと千里

仙人は言い放った。
「わしはこの眼で、千里の先まで見ることができる。のぢゃ」


「あの山の向こうも、あの谷の奥底も、わしには見える。のぢゃ」
仙人は、胸を張った。

ミゾレウミウシは、ただそれを聞いているだけだった。
まだ黙っていた方がいいと思った。

「千里。ぢゃ。
 その千里の道を、わしはこの眼と共に歩んできた」
そう語る時も、仙人の眼は遠くを見ていた。
「千里とはどれぐらいの距離かわかるか?
 お前にも分かるように言えば、ざっと4,000キロメートル。ぢゃ」
ミゾレウミウシは、仙人の鼻が膨らんだのを見た。

「その旅路の全てを、この眼は見てきた。
 この眼なくして我なし、我なくしてこの眼なし。ぢゃ」

そこからは、千里の旅の話が続いた。
仙人は、彼が見た様々な珍獣や珍事件を、次から次へと話した。

日は、だいぶ暮れようとしていた。

「どう、ぢゃ。
 今日は楽しい話が聞けたのではないか?」

ミゾレウミウシは、「はい。とても」と答えた後、
二言だけ付け加えた。

「私は、あなたが眼でおこなったことを、すべてこの触覚でおこないました。
 私には、あなたのような足はありませんが、これまで万里の道を歩んできました」

それを聞いた仙人の顔は、見る見るうちに紅潮していった。
「うぬぬ、お主、わしよりも多くの道を行き、多くの物を見てきたというのか。
 それも、その奇妙な二本の棒っきれのようなもので!」

「お主はどうせわしのことを馬鹿にしていたのぢゃろう。
 さも何も知らないような顔をして、わしに偽りの態度を示していたのだな。
 不愉快!ぢゃ!」
怒った仙人は、その場を立ち去ろうとした。

「私は嘘などついていません」
ミゾレウミウシは、どこまでも冷静に語りかけた。

「あなたのような方が話すのを見ているのは、とても楽しいことです。
 それは嘘ではありません。
 今日はとても楽しい話が聞けました」

仙人は、それをそのまま褒め言葉として受け止めるほど頭は悪くなかった。
ただ、その言葉をどうやって理解すればいいのかもまた、分かりはしなかった。