ミジンベニハゼは、外に出た。
空き缶の外の水は、まだ冷たかった。
なんのことはない、7ミクロンほどの微生物を食べに出ただけだ。
移動した距離は、およそ40,000ミクロン。
40,000ミクロンと言えば0がたくさんついているが、
だだっ広い海の中で、彼は4センチメートルをしゅっと動いただけだった。
同じ海に棲むイワシの大群も、浅場を行きかうボラの群れも、
彼のことなど見ていなかった。
けれども、それは彼がかき集めた勇気だった。
他の動物が、大地を踏みならし、
荒野を駆け廻り、
大空を飛翔していたこの一瞬、
ミジンベニハゼは、小さな一歩を踏みだした。
それは、旅立ちなどと大げさな言葉では呼べない、
微かな始まりだった。
けれども、ミジンベニハゼは、胸を張っているようにすら見えた。
何かを始めるということは、誰にだって訪れるものだ。
彼の前には、大きな海が広がっている。