水中写真家を活かせるかどうかは周りにかかっている

水中写真家・水中カメラマンの皆さんって、本当にすごいと思うんですよ。

■水中写真というコンテンツにはすごい価値がある

プロの水中写真家って、日本でもそんなに数多くいらっしゃるわけではないと思いますが、
人数が少ないだけ、ほんとに希少な仕事だと思います。

そもそも、水中という環境が特殊なわけで、
その特殊な環境で撮る写真は、当然のように価値が高いものです。

さらに水中写真の素晴らしいところは、
「水中に潜ったことがない人でもパッと見で楽しめる」
ということだと思います。

海の青さであったり、
生物の色の多彩さであったり、
魚の面白い表情であったり…。

水中写真というのは、ダイバーが思っている以上に、
すごく価値の高いコンテンツなのです。


■水中写真家は世間的にも・経済的にも、もっと評価されるべき


ただ、そのコンテンツを活かし切れているかというと、
現在の日本では必ずしもそうとは言えないと思います。

コンテンツを活かし切れていないということは、
そのコンテンツを配給している人(水中写真家)へのフィーが正当なだけ払われない、
ということにつながります。

先日の「情熱大陸」で古見きゅうさんが言っていた言葉で、
個人的に一番印象に残っているのは、こんなつぶやきでした。

「(収入は)いや、もっとほしいですよ、ぶっちゃけ」

もちろん古見さんの言葉には嫌らしさは全くなく、
僕はこの言葉から、古見さんの水中写真家としてのプライドと、
(自分だけでなく)水中写真家が置かれている状況の厳しさを感じました。


■水中写真というコンテンツを活かす「仕組み」を考える

現状、水中写真家の主な収入源って、
・ダイビング雑誌などのメディアから依頼される現地取材・撮影・レポート
・各所での講演・セミナー
・自分が出した出版物
あたりでしょうか。

これらって、昔からある“旧態依然”な体系で、
もちろんこれらはこれらとしてアリだとしても、
これからはもっと新しい「何か」を考えていかなきゃいけないと思うのです。

そういうことを考える人は、
やっぱり水中写真家の周りにいる人たちであるべきだと思うんですよね。
一番パッと思い浮かぶところだと、
それはやっぱり(ダイビング周りの)メディアにいる人間。

水中写真家本人がすごい仕組みを考えついて、
それを実行できる時間があればもちろんいいんですが、
そんなに簡単にはいかないと思います。

水中写真家の方々にはとにかく写真を撮ることに専念してもらって、
その周りにいる人が、水中写真というコンテンツをどうやって活かすかを必死に考える。

そんな循環が必要なんじゃないかなーと思います。


僕自身、水中写真というジャンルが置かれているポジションって、
まだまだ向上させられると思いますし、
もっとたくさんの人に水中写真を見てもらいたいといつも思っています。

個人的にはいろいろと考えてるアイディアがあるので、
身近な水中写真家の方からちょっとお話してみようと思います。

水中写真というコンテンツ自体の素晴らしさを考えると、
可能性は無限大ですからね!

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コメント

こんばんは。
先日久しぶりに屋久島に行きニコニコのエムです。
水中写真に限らず芸術で生計を立てることは難しいようですね。
ちくま新書の「週末はギャラリーめぐり」(山本冬彦著)を読みました。
一般の人も、名画の鑑賞だけでなく、若い作家のアートを買って楽しむことを提案されています。この積み重ねが若い作家の生活をささえ芸術界の発展につながると言われていたと思います。
水中写真家の作品を買いましょうということではありませんが、その素晴らしい芸術に対しては、みんなで評価して、あるときはお金も使い、支え守っていくことが必要かと思います。
いぬたくさんの新しい企画に期待しますね。楽しみです。

> エムさん

コメント、ありがとうございますー。
屋久島、よかったですねー!

アーティスト(芸術家)とクリエーター(この場合の水中写真家)で違うのは、
クリエーターはマーケットを意識しないといけない点なんだと思います。
そこで、クリエーター(水中写真家)の作品を最も効果的にマーケットに運ぶ役割が、
もっと必要かなーと思っています。

いろいろと考えつつ、なるべく早く動きたいなーと思っております。
このブログでいいご報告ができるようにがんばります!

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